牧師挨拶

三輪牧師

岐阜教会のホームページをご覧くださってありがとうございます。牧師の三輪 恵愛(みわ しげよし)と申します。

岐阜教会の歴史は長く、1891年に岐阜市下竹屋町で「岐阜講義所」という名称で聖書の講義を行ったことから始まりました。初代牧師となった南小柿洲悟牧師は、南アメリカ長老教会から宣教師として来日していたC・K・カミング牧師の協力を受けながら、キリスト教の伝道を始めます。その年の10月には美濃地方一帯を襲った「濃尾大地震」が発生し、多くの被害が出ました。南小柿牧師は信徒やほかの教会と協力しあいながら、被災した人々の救済に尽力されました。その後、14代にわたる牧師を迎えながら、戦中、戦後と多くの人々にキリスト教の伝道を続け、今に至ります。

このように日本国内では長い歴史を持つわたしたちの教会ですが、聖書が伝えるイエス・キリストの父なる神は、世界の始まりからおられるお方です。全世界はもちろんのこと、全宇宙の歴史にも及ぶ神の存在を考えれば、わたしたちの教会の歴史も、ほんの一瞬のことかもしれません。ましてや、わたしたち一人ひとりの人生はどんなに長生きしたとしても、100年前後です。

しかし聖書が伝える神の姿は、世界の始まりからおられながら、わたしたち人間の一人ひとりの全生涯に渡って、関わりを持とうとされていることも伝えています。それは、神がわたしたち人間の一人ひとりの命を創り出し、いつも愛しておられるからなのです。そのような今も生きておられ、人を愛する神の姿を、聖書はイエス・キリストの生涯を伝えることで、証しをしようとしています。

今の世の中は、何を信じて生きていくべきか、本当にわかりにく時代になったように感じます。そのような時代にあって、わたしたちの教会はしっかりと聖書が語る唯一の神の姿にまなざしをおき、生きていくために必要なメッセージを聞き取りながら、お互いを愛し合い、励ましあって、神さまに信頼する喜びのなかを歩み続けています。その一日いちにちの歩みが積み重なって、岐阜教会の歴史になっています。

わたしたちの教会は、心静かに礼拝をささげるひと時を愛しながらも、そのほかの交わりでは親しみやすい雰囲気、温かみのあるひと時も大事にしています。どうぞ、お気軽に礼拝に参加してくださればと思います。心より歓迎いたします。